2013年9月11日 (水)

012 / 大銚子交通観光俯瞰図絵

「大銚子交通観光俯瞰図絵」
絵葉書ではないですが、銚子を題材にした画を一つ。

Panorama_choshi


大正の広重(歌川広重Utagawa Hiroshige)と呼ばれた吉田初三郎(Yoshida Hatsusaburo)の俯瞰図絵(bird view)です。
手持ちの戦前の銚子の観光パンフレットに収納されていた物を、分割スキャンして一枚に戻した物ですので、若干色が違うところもあるのはご容赦を。
銚子漁港の形態が、今とは全く違うところも見て取れると思います。 

この原画は、「外川ミニ郷土資料館」に展示されています。
木版画だと思いますから、一点物の作品ではないのかも知れませんね。

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2013年6月 3日 (月)

009 - 011 / 前宿町祭礼子供神輿

009 子供神輿集合写真

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http://goo.gl/maps/9eIRI

前宿町祭礼 子供神輿です。

この写真は絵葉書ではなく、知人の所有物です。
時期的には昭和20年代です。
戦中、ここらは焼け野原になってしまいましたので、戦後復興を果たし平和を取り戻した市民の姿といったところでしょうか。
祭礼で子供神輿をかつぎ出したようですね。
ここに写っている子供達、健在なら70歳くらいと思います。

場所は現在の飯沼小学校坂下交差点です。
浜組という畳屋さんは現在は無くなってしまい、現在はリンク先の地図上「お食事処あおき」と言う飲食店になります。
ちなみに、その左下の空き地ですが、ちょっと高台になっており、昭和の頃には気象台があり、お天気山と呼ばれていました。
一つの県に気象台が2カ所有るのは日本では千葉県だけで、富士山気象レーダーの無かった時代は、銚子気象台が漁業に関する海洋気象情報の中枢となっていました。
現在は黒生町の合同庁舎に移転しています。

010 子供神輿担ぎ出し

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http://goo.gl/maps/pSyBU

その9と同じ、前宿町祭礼子供神輿(昭和20年代)です。
こちらは現在の銚子体育館・銚子文化会館の下の「下池(しもいけ)」の横です。
よく見えませんが、当時はまだため池ではなく、田んぼだったのでしょうか?
向こうに見える土手の上に、現在はエースレーン(ボウリング場)が建っています。
戦前と比べると、子供達も心なしか体躯がしっかりとしている気がします。
食糧事情の向上に寄るところがあるのでしょうね。

011 前宿町祭礼男衆

Photo

これも上記と同じ祭礼の男衆です。
いずれの方も、飯沼坂下交差点近隣の方達です。
ご存命かどうかは不明です。
3枚ほどあまりにもローカルな写真が続いてしまいましたが、これで最後です。

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2013年5月30日 (木)

008 / 銚子港から観音堂を望む

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http://goo.gl/maps/IQcPD

今の銚子漁港ですね。
これもやはり明治期かと思います。
ちょうど現在の中堤防のように作られた中州?越しに、銚子観音が見えます。
この時代から比べると今は、驚くような変貌ですね。

川に浸かり船を押している男達、褌も締めていない真っ裸です。^_^
銚子漁港、現代的な護岸が一切されていない様が見て取れます。

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2013年5月27日 (月)

007 / 銚子川口の帰帆

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http://goo.gl/maps/flktI

漁船の帰港風景です。
これは明治期の様子と思われます。

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2013年5月23日 (木)

006 / 外川港

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http://goo.gl/maps/LyvhS

時期は不明ですが、戦前の銚子の外川港です。
と言っても、築港中ですね。

上段は、多分現在のイルカウオッチングの銚子海洋研究所の辺りから千騎ヶ岩(sengaiwa)と本家の台(ほんけのでー、銚子では”だい”と言わずに”でー”と言います)を展望しているのかなーと思います。
下段はどこから見ているのか、私には分かりません
犬若側かもしれません。

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2013年5月20日 (月)

005 / 飯沼観音門前

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http://goo.gl/maps/VHlOs

明治後期か大正期の飯沼観音前です。

電気も整備されてきて、電柱に通る電線の本数も多数見受けられます。
地図上、緑色の屋根が私の家なのですが、ちょうどその前辺りから撮影した写真ですね。
右に見える木造3階建ては「吉野屋旅館」です。
その向こう側の店先に人がいるのが「今井書店」です。
今井さんは、戦前は現在の書店の場所で陶器も販売しており、書籍販売は飯沼観音境内がメインだったようです。
(記憶違いだとしたら、境内の方が陶器だったかも知れません(^_^;)
その先には「田中屋」「原梅」「泉」の3軒が並んでいます。
「泉」さんの手前には、見えませんが路地があり、戦後に「泉」さんのところが「水戸屋」になりました。

左側ですが、一番手前の垂れ看板(中将湯-オリジナルはツムラの婦人薬ですが、マークがツムラの物じゃないですね)のあるのが、現在「観音食堂・丼屋七兵衛」さんの場所であり、当時は「郷医院・薬局」でした。
その向こう、電柱の所に白い掲示板のような物があるお店が「いしげ呉服店」です。
その手前の蔵が現在のいしげさんの駐車場になっています。
その隣、陰になって見辛いですが、カステラで有名な「つる弁」さんです。
一番奥が、今は転居して駐車場になっていますが、金物・雑貨の「日の伝」さんになります。

銚子観音に参拝する人たちの服装も殆どが着物で、当時の文化を垣間見る事ができますね。

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2013年5月16日 (木)

004 / 銚子漁港

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http://goo.gl/maps/mDc2p

明治か大正の銚子港です。
現在の漁港の体を為す埋め立てが始まったのが、大正15年ですから、少なくとも逸れ以降ではないですね。

地図中心の「飯沼町」の文字のすぐ上の左右の通りが写真の護岸に当たります。
その下の「254」と言う道路の数字が手前の路地の所です。
撮影アングルとしては、「254」の下の銚子観音の山門から見下ろした感じでしょうかね?(多分空撮かと思われます)

右側に半島のように突き出た所が船着き場でもあり、魚を水揚げした所でもあります。
トロッコの線路が敷かれているのですが、3.11の津波の際、引き波の時にその残存していた線路が露出したそうです。

一般的に銚子の人が呼ぶ「観音ロータリー」は、右側の建物群の向こう側になります。
左側から右側に斜めに見える砂地の護岸が、現在の消防署前から続く通り(ローソンの利根川側)となります。
写真下側を左右に横断している路地ですが、左側は現在はありませんが、右側は銚子観音裏の「舟附き坂」と呼ばれる階段の下の路地です。
この路地には明治期(あるいはひょっとしたら江戸期からの物?)と思われる石塀が現存しています。

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2013年5月13日 (月)

003 / 銚子飯貝根カツオの大漁

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http://goo.gl/maps/Q524O

銚子飯貝根カツオの大漁-明治?、大正?

飯貝根>いがいね=いがいねっこ=大きな岩礁、の意らしいです。

今の銚子第2魚市場から千人塚辺りにかけてでしょうか?

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2013年5月 8日 (水)

002 / 戦後の銚子漁港(昭和30年代)

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http://goo.gl/maps/ad8Tq

これは戦後の銚子第1魚市場です。

手前を横切る赤茶色のパイプは製氷工場から伸びている、船に氷を積み込むためのパイプです。

漁船も木造船ですね。

今の漁船は、鉄かグラスファイバー製です。

20tくらいまでですとアルミの船も多くなりました。

漁師さんのファッション(?)も、レトロです。(笑)

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2013年5月 5日 (日)

001 / 飯沼山円福寺山門

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http://goo.gl/maps/Fc9dU

坂東二七番札所飯沼山円福寺 通称-銚子観音-大正?

戦前、空襲で焼失する前の山門です。

人々の服装など、当時の風俗も垣間見る事ができますね。

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